![]() |
![]() |
André Chang , Ph.D.民進党政権の無知と傲慢translated by 「台湾の声」編集長 林建良(りんけんりょう)2008-04-19 「台湾の声」編集長 林建良(りんけんりょう) この度の台湾の総統選挙、独立志向と言われている民進党が大敗し、統一志向と言われている国民党が八年ぶりに政権の座に戻ることとなった。日本の論評を見渡すかぎり、「台湾人意識より経済」「独立より現状維持」などのような論調が大半であり、台湾の真実を捕らえない表面的な考察にとどまっている。 ●大敗の構造的要素は第七回憲法改正にある 民進党の無知の集大成が第七回憲法改正であろう。この改正こそ国民党に政権を奉還する第一歩であるのみならず、台湾を永遠に「一つの中国」という呪いに縛りつけた。 一、憲法改正機構として存在していた国民大会を廃止し、その権限を立法院に移す。 ●体制内の独立建国を不可能にした憲法改正 体制下での独立建国の方法は二つしかなかった。一つは憲法を改正し、中国とモンゴルに及ぶ現行の領土範囲を台湾と金門馬祖澎湖に限定、国名を中華民国〔チャイナ共和国)から台湾や台湾共和国に変更すること。もしくは公民投票で台湾国新憲法を制定することである。しかし、第七回憲法改正によって、このいずれの方法も不可能になった。体制内での独立建国が不可能になったのである。 ●国民党の勝因はスーパー集票マシンにある 更に皮肉にもこの第七回憲法改正が国民党の優勢を不動のものとした。小選挙区への移行、定数の半減、任期の延長などにより国会議員の権力を今までの数倍以上に拡大する一方、議席を各県に最低一名割り振るという規定が修正されなかったため、八千人しかいない馬祖も四十万人いる宜蘭も同じく一名の枠となった。つまり、一票の格差が五十倍にもなるのだ。金門、馬祖、澎湖、台東など人口の少ない県は例外なく国民党の牙城であるため、民進党が十数議席を国民党に譲るような不本意な区割りになっている。票を金で買収する国民党伝統の手法も小選挙区でこそ効率が上がるのだ。二〇〇八年一月十二日にはじめてこの制度下で行われた選挙をみると、如何に国民党に有利であるか分かるだろう。 ●自ら墓穴を掘った陳水扁の無知 第七回憲法改正は国民大会の最後の仕事であり、実質的に党と党の間の話し合いだけで憲法を改正できる唯一のチャンスでもあった。当時国民大会第一党であった民進党が主導できる条件がそろっていた。第三党の台連や第四党の親民党と連携するか、第二党の国民党と連携するかによって、結果が大きく変わる。しかし陳水扁は国民党との連携を選び、小政党である台連と親民党を消滅させる選挙制度にした。 ●「対敵人仁慈、対同志残忍」の民進党 民進党の自滅行為はまだ続いている。民進党は立党以来、内部闘争が絶えることがなかった。日本ではあまり知られていないが、「対敵人仁慈、対同志残忍」(敵に仁慈、同志に残忍)という民進党への揶揄がある。この言葉通り、民進党の対外闘争は決して上手いとはいえないが、内部闘争の熾烈さは恐ろしい程であり、今回の総統選挙後の反省も責任のなすりつけあいと相互攻撃に終始している有り様だ。来年末の地方選挙が民進党の完全崩壊に繋がる選挙になるだろう。民進党は選挙の度に内部戦争を始めるのだ。その醜い民進党を台湾人が今だに支持している理由はただ一つ、国民党の中国人体質をそれ以上に嫌悪しているからだが、今の制度の下では国民党勢力が半永久的に固定してしまう。台湾人は一体どうすれば良いのか、皮肉にも我々は大敗を喫して初めて民進党政権の無知がもたらした害について真剣に考えるようになった。 ●陳水扁は独立志向ではない 民進党には前述の構造的要素以外にも敗因が多くある。陳水扁周辺を始めとする民進党全体の腐敗、朝令暮改の政権運営、内部紛争、野党の終わりない攻撃、マスコミの誹謗中傷など。しかし、それの何れも根幹的な問題とはならない。民主国家であれば政権を担当する限り、以上の問題が存在しない方がおかしく、また、似たような情況で苦戦する政権は世の中にいくらでもある。それで政権運営ができないのであれば、与党になること自体が間違いである。 ●不況をもたらした陳水扁の「対中経済統合論」 二〇〇〇年の大晦日、彼は総統としてテレビ演説を行った。その内容は「我々はまず文化的経済的の面から中国と統合しなければならない。最終的には政治的にも統合しなければならないのだ」というものである。独立派台湾人の大半は自分の耳を疑った。だが彼を批判する声よりも、初心者運転だから大目に見ろとの声が大きかった。しかし、この「経済統合論」は後の「経済発展会議」の布石となり、陳水扁政権の対中国政策の核心になっていく。 ●正名も制憲も選挙の道具にすぎなかった 陳水扁の対中経済統合政策とは企業との癒着の産物であるが、親中国派をも喜ばせようという打算があった。しかし、底の浅い彼はそれを演じきれるほどの役者ではなかったのである。選挙が近づくと、国民党との対抗軸を鮮明にする以外の手立てがないために彼は独立派の仮面を被り、独立の闘士役を演じた。二期目の総統選で、彼は独立派が待ち望んだ台湾新憲法の制定をつい選挙公約にした。のみならず、二〇〇六年までに新憲法草案を纏め、二〇〇七年に施行するという具体的なタイムテーブルまで明示して国民に公言したのである。更に新憲法制定委員会を設置して憲法学者の李鴻禧氏を委員長にした。 ●独立派の旗を取り締った陳水扁 だが、その希望と喜びは束の間だった。正名と制憲が陳水扁の選挙の道具にすぎなかったと分かるのに、大した時間はかからなかったのである。陳水扁は僅差で勝ち、選挙結果に不満を持つ国民党の支持者が選挙の直後騒動を起こして、総統府前の広場を一ヶ月も占拠した。その時陳水扁は軍の重武装で厳重に警備された官邸に閉じこもり、選挙前の熱気と希望がウソのように台湾からきえてしまった。あるのは焦燥と不安だけである。一ヶ月が経ち、この騒乱はようやく沈静化されたが、騒乱を起こした国民党に阿るために、陳水扁は就任式の会場を「青天白日旗」で埋め尽くし、民進党や独立派の旗を持ち込み禁止にして独立派に見られる言動を厳しく取り締った。その会場で行った総統就任演説で彼は再度「五つのノー」に言及して独立派を落胆させた。新憲法制定の言葉もついに聞くことができず、あるのは憲法修正だけであった。しかしその憲法修正とは上述の有り様である。 ●「そんなことできっこない」 正名も制憲も神聖なる建国運動も、陳水扁にとっては選挙の道具に過ぎず、権力は彼を平気で独立派の核心的価値を弄び、平気で建国の信仰を冒涜するような傲慢な男にした。二〇〇五年二月二四日、宋楚瑜親民党党首との会談で彼は「正名與制憲不過是自欺欺人」(正名と制憲は所詮自他陣営を誑かすものだ)とオフレコで述べたが、その日のうちに宋氏に暴露された。それで開き直ったか、数日後、三月一日の欧州議会とのインターネット会議では、正名も制憲も「做不到就是做不到」(そんなことできっこない)と外国の政治家の前で公言した。何よりも正名と制憲を完全に不可能にしたのはその直後の二〇〇五年六月十日に行われた第七回憲法改正であった。言行不一致の政治家は星の数ほどいるが、言と行が逆で、しかも恥じることなく人のせいにする政治家は陳水扁以外に幾人いるであろう。 ●核心的価値よりも陳水扁擁護の独立派 陳水扁政権ができてから、独立派は陳水扁批判を極力控えたが、陳水扁が側近しか信用しないこともあって、独立派は陳政権の政策決定に何一つ影響力を行使できなかった。加えて陳水扁は選挙への熱意は人一倍あったが、国の運営については側近に任せきりだった。二〇〇〇年から二〇〇八年まで、台湾では毎年重要な選挙があったため、陳水扁の主な仕事は国家元首というよりは選挙戦の総司令官で、実質的な総統は二人いたのである。一人は総統のオフィスで陳水扁に代わって決裁などをする三十台の側近の馬永成氏。もう一人は妻の呉淑珍氏であった。この二人は国家権力を利益追求の道具にし、後に二人とも起訴された。この呉氏の起訴が二〇〇六年の「陳水扁打倒運動」という下野要求運動のきっかけとなったが、それでも、「国民党時代の汚職ならもっと酷かった」と独立派は陳水扁周辺の汚職を弁護した。彼らは、彼らの盲目的な陳水扁擁護に同調しない李登輝氏をも激しく攻撃するようになった。これもまた「同志に残忍」の一面であろう。 ●「含涙投票」を呼びかける独立派 これほど国民を愚弄する傲慢な政党は他にあるだろうか。今回の総統選挙で独立派は台湾人に「含涙投票」(涙を呑んで投票しよう)と謝長廷氏に投票するように呼びかけた。何故「含涙投票」なのか、それは民進党支持ではなく、国民党に当選させたくないからである。この「含涙投票」というスローガンで、どれほど民進党離れが進んでいるのか分かる。 ●民進党が負けてよかった 民進党が負けてよかったのである。これは簡単な理屈だ。正名や制憲等の主権確立の大事業を選挙の道具にした民進党政権が七年目にして、ようやく蒋介石空港を桃園空港にし、中華郵便を台湾郵便にし、蒋介石を記念する「中正紀念堂」を民主紀念館にした。何れも法律の改正を必要としない簡単なことだが、選挙の前でないと、動こうとしなかったのである。それは例え象徴的な意味があるとしても所詮表面的な正名にすぎないのだ。根幹にある憲法と政治制度を「一つの中国」に縛りつけた以上、この枝葉の問題はなんの意味もない。実際、謝氏も総統選の弁論会で、現行憲法は「一つの中国」の憲法だと認めている。彼はその「一つの中国」の憲法を守るとも言った。国会の議席の四分の三を占める国民党を前に、例え民進党が総統の座を勝ち取ったとしても、何もできないのが実情なのである。国民党の同意がなければ、予算は一文たりとも通らない。結果として、国民党の政策を執行する以外の道がないのだ。しかし、民進党が独立の仮面を被っている限り、米中を始めとする国際社会から引き続き牽制されるだけでなく、台湾を中国に押し付ける圧力も強まる。民進党の命拾いになるが、台湾独立の息が完全に消えてしまうのだ。この民進党が存在する限り、独立派の支持が民進党に集中し、新しい独立勢力も芽生えてこないだろう。 ●謝氏が当選していたらどうなっていたか 謝氏は国民党を牽制するために、民進党が政権を担当しなければいけないと主張した。だが、法律家でもある聡明な謝氏は、政権を担当しても国民党を牽制することができないと分かりきっているはずである。 ●李登輝氏の最後の大仕事 台湾独立を支持してくれる日本の保守派もまた民進党熱に魘されていた。彼らは李登輝氏に謝氏の支持を表明するように求めたのである。これは、熱病に罹っている患者が医者に「俺と同じ病気になれ」と強要するようなものであり、国民党に影響を与え、国民党を台湾人政党に変身させられる唯一の存在に「民進党と無理心中しろ」と要求していることに等しい。 ●中国を無害化しなければならない 国民党政権ができて台湾の法理的独立が遠のいたと独立派は危惧しているが、民進党政権だからといって近づくこともなかった。現在台湾は実質的に独立している状態だが、それでも法理的に独立しなければならないのは、国際社会に国家として認められ、中国の脅威を遠ざけるためである。一方、日米を始めとする国際社会が台湾を独立国家として認めない最大の原因もまた中国にあるのだ。それこそが我々の最大のジレンマである。台湾が日米にも認められる法理的独立国家になる前提は、まず中国が文明的な民主国家になるか、もしくはばらばらに分裂してヨーロッパのように無害な複合国家になるかのどちらかであろう。 2008年4月10日 日本・日光 |